大阪地方裁判所 昭和35年(行)66号 判決 1965年6月19日
原告
株式会社桜橋
右代表者
生田幸男
右代理人
水田猛男
横田長次郎
被告住吉税務署長
佐伯正
右指定代理人
川村俊雄
ほか三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 申立
原告訴訟代理人は、「被告が昭和三四年七月六日付をもつて原告に対してなした清算所得の法人税等の決算所得金額八六〇万円のうち三五五万円をこえる部分(審査決定により取消された部分)を除く部分は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二 主張
原告訴訟代理人は、請求原因、被告主張に対する認否等として、次のとおり述べた。
一、原告は、喫茶及び食堂の経営等を目的とする資本の額二〇〇万円の株式会社であるが、昭和三二年六月三〇日総会決議により解散、同月七月一七日その登記をし、同年一〇月一日総会決議により継続、同月七日その登記をした。被告は、昭和三四年七月六日付をもつて原告に対し清算所得金額を八六〇万円とする清算所得の法人税等の決定をした。次いで、大阪国税局長は、昭和三五年一一月八日付をもつて右決定中清算所得金額三五五万円をこえる部分を取消す審査決定をした。
二、しかし、原告において右解散決議の時から継続決議の時までの間は勿論、その後も休業状態にあり、課税対象となる所得はなかつた。従つて、被告のなした右決定(但し、審査決定により取消された部分を除く。)は違法であるので、その取消を求めるため本訴に及んだ。
三、被告主張二の事実中、原告が被告主張の土地に所在する同主張建物で洋酒スタンドを経営していたこと、訴外株式会社栄屋(以下、栄屋という。)訴外東亜紡績株式会社(以下、東亜紡という。)の製品宣伝・販売のため被告主張の目的で設立されたこと、その現在の資本の額が六六〇〇万円であること、栄屋が被告主張の時に右土地建物を訴外井田徳太郎から買受けたことは認めるが、栄屋が原告の株式を取消したことは不知、原告が訴外生田幸男に対し前記建物の一部を賃貸していたこと、栄屋の本件株式取得が原告の事業の全部又は重要な一部を承継するために行なわれたこと、原告が栄屋に対したな卸商品、什器備品を譲渡し栄屋からその代金の支払を受けたことは否認する。
栄屋は、前記土地建物の買取に着手後不況のため再三ビル建築計画の変更を余儀なくされ、遂に右建物取毀までの間急場凌ぎに一時洋酒販売をしていたようである。しかし、栄屋の設立趣旨、会社の目的、規模組織等からみると、原告の洋酒スタンド営業(いわゆる呑み屋)と栄屋の営業とは何ら関連がなく、両者の営業が別独個立であることは明白であり、栄屋が原告の営業を承継するため原告の株式を取得したとすることはできない。栄屋は、その後二階建ながら店舗を新築新装して本来の目的に従い営業している。当初、栄屋は原告に対しビル完成後その地下一階でハイボールスタンド営業をさせる予定であつたため原告の存続を認めているのであるが原告は営業を再開すると本件課税による差押のおそれがあるため休業している。
又、被告主張のたな卸商品代金一六万八一五六円は生田が昭和三二年八月三日同人の煙草小売店(一級店扱)の同年七月末日現在の煙草等商品の代価として栄屋から受領したものであり、被告主張の什器備品代金五〇万円は生田が同年一二月二〇日右煙草小売店の陳列設備一式の代価として栄屋から受領したものである。
四、被告は原告の株主の変動及び栄屋の行為を課税の対象として主張する。しかし、原告の株主の変動は株主相互間の関係にとどまるから原告の関知しないところであり、会社対株主の関係では株主名簿上の名義書換により始めて効力を生ずるのであるが名義書換がないのであるから、原告に対する課税の対象とならない。次に、栄屋の営業目的その経営等は原告の全然関知しないところであり、栄屋の行為が原告に対する課税の対象とならないことは説明するまでもない。又、原告の株主の一人である生田が個人の資格で他の株主から株式売渡の委託を受け、これを栄屋に売渡したところで各株主に課税するのはともかく、原告に課税するのは失当である。
五、原告は継続したから清算法人ではなく、これに対し清算所得の法人税を課することはできない。
法人税法(以下、法という)第一三条第一項第一号によると、法人の清算所得は残余財産の価値が解散当時の資本金額等の合計額をこえる場合の、そのこえる額とされる。しかし、残余財産の価格が「確定」しないとその計算の方法がない(法第二二条の四第一項参照)。清算法人の残余財産は解散の日の資産の価額を評価すればできるはずであるが、法が「確定」というのは解散時の財産価額が清算手続終了までの間の換価の際それ以下の価額で換価される場合の損失又は減価を所得から控除することを暗黙のうちに承認しているのである。この「確定」した残余財産が直ちに分配可能の額なのであり、その分配によつて法人は消滅する。原告の場合、消滅の意思がなく、かえつて継続により事業再開の機会を待つていたのであつて、何ら残余財産の分配はなく、その「確定」がない。従つて、原告につき清算所得金額計算の必要がない。
六、被告は、本件課税基礎を法に求めず、法人税法施行規則(以下、規則という。)(旧)第二三条の八に求めるものであつて、法規適用の一般常識に反する。
しかも、規則(旧)第二三条の八は、清算中の会社又は特定株主が清算手続を容易にするため、又はその他の目的のため株式の大部分を独占した場合の規定であつて、本件はこれに該当しない。
七、規則(旧)第二三条の八の「その法人の株主及びその同族関係者」とは、当該株式取得前からその法人の株主である者及びその同族関係者をいうものと解せられるが、栄屋は本件株式取得により始めて原告の株主となつたのである。従つて、栄屋の本件株式取得に関し同条の適用はない。
被告指定代理人は、請求原因に対する答弁、被告の主張として、次のとおり述べた。
一、原告主張一の事実は認める(但し、継続の総会決議の効果は争う。)。原告は昭和三四年七月一九日再調査の請求をしたが、右請求の日から三箇月以内に再調査決定の通知がなされなかつたので審査請求があつたものとみなされ(法((旧))第三五条第三項第二号)、審査決定がなされた。原告主張二は争う。
二、原告は、昭和二八年七月八日発行済株式額面株式四〇〇〇株その一株の金額五〇〇円資本の額二〇〇万円をもつて設立され、以来、大阪市の繁華街いわゆる北の中心地である市電桜橋交差点東南角に位置する訴外井田徳太郎所有の大阪市北区曾根崎二丁目五〇番地(原告の前本店所在地)上の同人所有建物において昭和三〇年一〇月まで主として洋食・喫茶を営業していたが、その後これをやめ、洋酒スタンド(ハイボールスタンド)営業に切りかえ、顧客もつき順調に営業を続けてきた。そして、原告は、営業所の一部を代表取締役訴外生田幸男に賃貸し、同人は同所で煙草類を販売していた。
他方、東亜紡は、同社のネオン広告塔、同社製品ショールーム建設のため右土地を入手しようとし、昭和三二年五月、発行済株式額面株式四万株その一株の金額五〇〇円資本の額二〇〇〇万円をもつて栄屋を設立することを計画した。東亜紡が右株式の五一%、その得意先訴外株式会社平松商店が残金四九%を引受け、同年七月九日、羊毛その他各種繊維製品の売買・広告及び損害保険の代理業、飲食店及び喫茶店の経営、書籍及び出版物の刊行ならびにその販売、右に関連する事業を目的とする栄屋が設立され、東亜紡及び右平松商店の取締役が栄屋の取締役に就任した(昭和三四年八月五日資本の額六六〇〇万円、発行済株式額面株式一三万二〇〇〇株に変更)。そして、栄屋は、まず昭和三二年七月一〇日井田から前記土地建物を買受け、次いで同月一五日原告の事業の全部又はその重要な一部を承継するため、原告の全株式を代金一〇六〇万円(一株当り二六五〇円)で譲受け、右代金として同月一五日一〇〇万円、同月二九日一五〇万円、同年八月一三日八一〇万円を支払い、ここに右八月一三日頃原告からその営業権を取得したものである。原告は解散の総会決議のあつた同年六月三〇日以来休業状態に入つていたが、同年八月三一日現在正味財産四四万九一三二円に過ぎなかつた。
なお、栄屋の右株式取得が原告の事業の全部又はその一部を承継するために行なわれたものであることは、以下の事実からも窺える。すなわち、その後、栄屋は、原告からたな卸商品(洋酒類)を譲受け、同年八月三日その代金一六万八一五六円を支払い、原告から洋酒スタンドの設備である什器備品(冷蔵庫・扇風機・スタンド用椅子等約三〇点)を譲受け、同年一二月その代金五〇万円を支払い、原告の従業員(バーテン・給仕)を引継いでおり、結局、原告の営業の全部を引継いでいる。栄屋は、その設立当初事業年度において、原告の営業当時の実績に匹敵する洋酒スタンド売上高二五〇万三五七二円と煙草売上高五三二万一七八〇円のみを計上している。原告は、同年一〇月七日継続の総会決議をしたが、原告の全株式を独占してその実権を握る栄屋は原告に何ら事業活動をさせず今日に至つている。
三、一般に、ある法人の営業の全部又は重要な一部を譲受けるため、その法人の株式を買占める場合、株式取得者は支配権の確立を通じて、当該法人の解散(株式取得後の解散)又は株式取得(解散後の株式取得)のときに、同法人の営業権を承継するのが一般であり、これにより株式取得の目的も同時に達成されるのであるから、通常の残余財産の分配の形式はとられていなくでも、実質上、その経済的効果は株式取得者への営業権の現物分配が行なわれたのと何ら選ぶところがないから、その時に残余財産の分配があつたものといつて妨げない。このような事実に着目して、法第一二条の二第一項第一号、第五項(昭和三七法四五により第一三条に繰下)、第九条第八項に基き、規則(旧)第二三条の八(昭三二政四六追加・昭三四政八五による一部改正前、昭三七政九五により第二三条の一〇に繰下)は、同条前段所定の事実がある場合には一般に営業権の現物分配があつたものと認められることを前提として、株式の取得価額をもとにして分配せられた営業権の価額及び解散した法人の清算所得金額を計算すべきものとしている。
本件についてみるのに、前記のように栄屋が原告の事業の全部又は重要な一部を承継するため昭和三二年七月一五日原告の全株式を買取つてその一人株主となつたうえ、その代金を完済した同年八月一三日頃原告の営業権を取得したものであるから、右営業権の取得は原告の一人株主としての栄屋への営業権の現物分配(残余財産の分配)以外の何ものでもない。
四、従つて、原告はその清算所得について所定の申告をなすべきであつたのに、その申告をしなかつたので、被告は、法(旧)第三〇条により、原告の清算所得につき、規則(旧)第二三条の八を適用したうえ、次の計算により清算所得金額を八六〇万円とする決定をした。
(A)栄屋の取得した原告株式の一株当りの平均取得価額(二六五〇円)に原告の発行済株式の総数(四〇〇〇株)を乗じて計算した金額……………一〇六〇万円
(A)′規則(旧)第二三条の八により規則第二一条第一項第八号に掲げる資産の価額とみなされる額…………一〇六〇万円
(同号に掲げる資産以外の資産に係る残余財産の価額が零であるので(A)と同額)
(B)解散当時の原告の資本の額 …………二〇〇万円
清算所得金額((A)′−(B))八六〇万円
大阪国税局長は、審査決定において、原告の清算に関する債務五〇五万円を認めて積極財産からこれを控除したものを残余財産の価額(五五五万円)とし、右決定中清算所得金額三五五万円をこえる部分を取消したのであつて、右取消部分を除き本件決定について何ら違法はない。
第三 証拠<略>
理由
一、被告が昭和三四年七月一六日付をもつて原告に対し清算所得金額八六〇万円(但し、審査決定により三五五万円をこえる部分は取消された。)とする清算所得の法人税等の決定をしたことは当事者間に争いがない。
二、被告は、本件決定の理由として原告が残余財産(ことに営業権)を分配し清算所得の存在することを主張するので、残余財産分配の有無を検討する。
(一) まず次の事実は当事者間に争いがない。
原告は喫茶店及び食堂の経営等を目的とする資本の額二〇〇万円の株式会社であるが、昭和三二年六月三〇日株主総会の決議により解散した。原告は大阪市内の繁華街である北の中心地市電桜橋交差点東南角に位置する訴外井田徳太部所有の同市北区曾根崎二丁目五〇番地(原告の本店の旧所在地)上の同所有建物(その構造、建坪は後記認定のとおりである。)で洋酒スタンドを経営していた。栄屋は東亜紡製品の宣伝・販売のため被告主張の目的で設立され、同年七月一〇日井田から右土地建物を買受けた。
(二) 次に、原告が清算に関し債務五〇五万円を負担し(これを支出し)たことは、原告において被告主張事実を明らかに争わないので、同事実を自白したものとみなすところ、右の事実、<証拠>弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 原告の発行済株式は一株の金額五〇〇円の額面株式四〇〇〇株である。原告は前示井田所有のトントン葺一部二階建店舗建坪四二坪九合外二階坪五坪を賃借していたが、その階下約一坪半を原告代表取締役訴外生田幸男に貸与し、同人は同所で煙草小売店をしていたほか、その階下二〇坪を訴外橋弥弘蔵に転貸し、同人は同所で訴外坂口静江にスタンド酒場「かつぱ」を経営させ(従つて階下二〇坪の事実上の占有者は坂口である。)ていた。
(2) 東亜紡は、前示井田所有土地(五〇番地に合筆前の五〇番地の三)四四・二一坪とその隣地である訴外平田栄市所有の同所五〇番地二五・〇九坪(右四四・二一坪と合筆前の五〇番地)との場所柄が極めて良いことに着目し、訴外株式会社平松商店の協力を得て、右両土地を入手して同地上に数層以上のビルと同屋上広告塔とを建設しようと計画した。右目的遂行のため、東亜紡が株式の五一%を、右平松商店が残り四九%を引受け、発行済株式総数額面株式四万株その一株の金額五〇〇円資本額二〇〇〇万円の栄屋を昭和三二年七月九日設立した。
(3) 右平松商店は同年二月頃に平田から同人所有の前記土地及び地上建物を栄屋に取得させるため買受けていたが、栄屋は設立と同時にこれを所有した。
(4) 東亜紡は、同年春頃から井田との間で同人所有の前記土地建物を栄屋のため買受ける交渉を進めてきたところ前示のように同年七月一〇日栄屋がこれを買受けたのであるが、右の交渉と併行して東亜紡と生田との間で、栄屋が原告の方で支払うべき生田の煙草小売店及び坂口のスタンド酒場「かつば」の立退料等原告が事業をやめて右家屋から退去するために要する費用を負担することとして、原告の全株式を買受ける交渉も進められ、その下話もできたので、原告は従来からの右建物賃貸借を合意解除し、生田の煙草小売店営業をやめさせ、坂口のスタンド酒場「かつぱ」を立退かせたうえ新所有者栄屋に対し右建物を明渡すことにし、前示同年六月三〇日の解散決議とともに本店所在地を生田の自宅大阪市住吉区粉浜本町四丁目五〇番地に移転し、生田が清算人に就任して清算に入り、事業活動をやめた。
(5) 同年七月一五日、栄屋は、井田から取得した右建物(建坪四二坪九合外二階坪五坪)につき、原告が営業をやめ原告において生田の煙草小売店及び坂口のスタンド酒場「かつぱ」を退去させたうえ原告からその明渡を受けるため、原告の清算人たる生田に対し右生田の煙草小売店及び坂口のスタンド酒場「かつぱ」の立退料等五〇五万円をみずから負担することを約し、生田の所有する原告の全株式を買受け取得したが、その対価は右立退料等五〇五万円とあわせて外形上一〇六〇万円と定めた。すなわち、生田個人に対する右株式買受純代金は右一〇六〇万円と右五〇五万円との差額五五五万円と定められたのである。当時、原告は、什器備品四三万六七九〇円現金一万一七一一円及び銀行預金六三一円(計四四万九一三二円)を有していた。
(6) 同月一六日、原告は坂口との間で同人が立退料一八〇万円と引替に同月末日限り前記「かつぱ」(占有面積階下のうち二〇坪)を立退く旨の即決和解をし、間もなく坂口は右立退を実行し、同月末日頃、生田も煙草小売店営業をやめ、これに使用していた個所(占有面積階下のうち約一坪半)を原告に返還し、同時に栄屋が原告から右建物全部の明渡を受けた。
(7) 栄屋は同月一五日から同年八月一三日頃までの間に、原告清算人たる生田に対する前記立退料等五〇五万円、株式の売主として個人生田に対する前記株式代金五五万円、右合計一〇六〇万円を一括して生田に支払つた。生田は原告の清算人として右五〇五万円受領の頃、これをもつて前記立退料その他原告役員生田並びに原告使用人の休業及び退職手当等五〇五万円の支払に充てた。
(8) 同年八月末日が原告の事業年度終了の日であつたが、同月中に、栄屋は原告から前記什器備品四三万六七九〇円の引渡を受け、右同月末日には前記現金一万一七一一円及び銀行預金六三一円を事実上自己の支配に移して、これを取得した。
(9) 栄屋は、同月一日から後記のように新店舗建築に着手するまで原告の従前の店舗及び什器備品により、原告の従業員二名を栄屋の従業員に雇用して引続いて従業させて、原告のしていた洋酒スタンド営業を続けた。
生田の煙草小売店営業は、栄屋が直接原告から引継ぐこととし、同月三日煙草等たな卸商品代金一三万六八八六円を、同年一二月煙草店舗諸式代金五〇万円をそれぞれ生田に支払い、同年八月一日から生田の右小売店使用人一名を栄屋に雇い入れて従前どおり従業させ、生田の営業を引継いだが、小売人指定名義の関係から生田を当初必要とした間だけ栄屋の取締役に名を連ねさせ、生田の名義で営業していた。
なお、栄屋は後記店舗新設までの間一部保険代理業務は前記平松商店の社屋で行なつていた。
(10) 栄屋は、昭和三三年五月に至り、前記各建物を取毀ち、当初計画していたビル建築はできなかつたが新店舗の建築に着手し、同年一一月鉄骨ブロツク二階建延一六七・八五坪のシヨールーム等を有する店舗を竣工し、以後同所でその設立の趣旨にかなつた本来の業務を行なつている。
(11) 栄屋は原告の全株式取得後、その一人株式であるにもかかわらず、原告事業再開はもとより、原告の存続じたいに全く無関心であつてこれに関与していない。原告は右株式の名義書換は受けていないが、栄屋が一人株主であることを承認している。原告はその後完全に営業を廃止している。
以上の事実が認められる。<略>
三、前示二の事実によると、
1 昭和三二年六月三〇日原告は解散決議によつて解散し同年七月一七日解散登記をし、
2 同年七月一〇日栄屋は井田所有の前記土地四四坪二合一勺及び建物建坪四二坪九合外二階坪五坪の所有権を取得し
3 同月一五日栄屋は、右建物から原告(右建物の一部を占有していた生田、坂口を含む。原告は、生田及び坂口の各占有部分を間接占有していた。)を立退かせたうえ、右土地四四坪二合一勺をみずから占有使用して、前示のように営業上きわめて有利な大阪市の北の中心地である当該場所の使用権(原告は従前この場所の使用権を有していた。)、従つてその必然的反映たる、原告の営んでいた洋酒スタンド営業の得意先をも含めて、前示場所利用から必然的にもたらされる特定又は不特定の顧客関係(このような得意先・顧客関係は、事実関係であるが、一般に営業の重要な構成要素をなしているのであつて、独立の経済的・財産的価値を有する。従つて、これも営業権に属するというべきである。)を原告から取得する目的をもつて、原告の支払うべき生田及び坂口に対する立退料等に充てるべき五〇五万円を生田に交付すると同時に、生田より原告発行にかか前示株式全部を代金五五五万円で(以上合計一〇六〇万円を外形上株式代金として)買受取得し、
4 同月末日頃、栄屋は原告より前示土地、建物の引渡を受けてこれを占有し、当該場所的利益、従つて必然的に前示のいわゆる営業権を取得し、
たものというべきである。
ところで、前示甲第七号証によれば、栄屋はその第二事業年度(昭和三三年七月一日から昭和三四年六月三〇日まで)の決算において、従前の「営業権勘定一〇六〇万円」を「有価証券勘定一〇六〇万円」に振替えたことが認められる。原告は、前示のように生田から有価証券(前示株式)を売買により取得したものであるから(但し、その純代金額が五五五万円であることは前示認定のとおりである。)、これを資産勘定に計上するのは当然といわなければならない。他方、前示のいわゆる営業権は、栄屋が右有価証券(前示株式)を生田から取得したことの反射的効果として、経済上これを独占的に支配することになつて取得した(反面、原告はこれを喪失した。)ものであるから、右勘定科目振替の一事をもつて栄屋が、従来原告の有していた右営業権を取得しなかつたものと断定しなければならないものではない。
四 そして、前示二の事実によると、原告は昭和三二年六月三〇日解散した後、同年七月一五日から同年八月末日までの間に、一人株主たる栄屋に対し、積極財産の全部である(イ)前示のいわゆる営業権、(ロ)什器備品四三万六七九〇円、(ハ)現金一万一七一一円及び銀行預金六三一円を現物分配し、右の間に、前示立退料等債務五〇五万円を生田が栄屋から受領した前記一〇六〇万円のうち原告に出捐したとみられる五〇五万円をもつて完済し、右債務の完済により、この時に消極財産(負債)の額が確定され、従つて右昭和三二年八月末日をもつて清算法人たる原告の残余財産は確定したものというべきである。
もつとも、原告は同年一〇月一日原告が継続した旨を主張する。原告が同日継続の総会決議をし同月七日その登記をしたことは当事者間に争いがない。しかし、前示認定のように原告は同年七月中旬前示いわゆる営業権及び什器備品を喪失しており(反面、栄屋がこれ等を取得している。)、それより以後今日まで約八年間事業活動をせず、営業を完全に廃止しており、事実上解散前の状態に復していないのであり、又栄屋の本件株式取得の目的に反して一人株主たる栄屋に対し右営業権の返還を求め存続中の会社に復帰することも実際上不能であるというべく(一般に清算会社が残余財産分配後継続をしたときは、株主に対し分配金又は分配物の返還請求をすることができる)右継続は経済的実態をともなわない虚無のものといわねばならない。原告の主張五は採用できない。
五、前示(イ)のいわゆる営業権の価額について考えてみる。栄屋が取得した原告発行株式一株当りの平均取得価額一三八七円五〇銭に発行済株式総数四〇〇〇を乗じて計算した金額五五五万円から前示(ロ)什器備品四三万六七九〇円と(ハ)現金一万一七一一円及び銀行預金六三一円とを差引いた額五一〇万〇八六八円をもつて、(イ)のいわゆる営業権の価額であるとみなす(推定)べきである(規則((旧))第二三条の八。同条は「みなす」と規定しているけれども、同条は法律ではなく命令であつて実質上課税物件((課税物体))を定める租税要件規定であると解することはできないので、厳格な意味において、「擬制」したものではなく、その価額のみを注意的に事実上「推定」したものと解するのが相当である。)。そして、(ロ)什器備品の価額は前示のように四三万六七九〇円であり、(ハ)現金及び預金の価額は前示のように一万一七一一円及び六三一円であるすると、原告の積極財産の価額は、右(イ)と(ロ)と(ハ)を併せた五五五万円と、栄屋の計算において負担し生田が原告に出捐した立退料等五〇五万円との合計一〇六〇万円である。
他方、確定した消極財産は、原告の負担する立退料等債務五〇五万円である。
すると原告の確定した残余財産の価額(株主((栄屋))が現物分配を受けた価額)は、右積極財産一〇六〇万円から右消極財産五〇五万円を差引いた額五五五万円となる。従つて、原告の清算所得の金額は、右残余財産の価額五五五万円から、原告の解散当時の資本の額二〇〇万円(原告には資本積立金及び再評積立金額は認められない。)を差引いた額三五五万円であるというべきである(法第二二条の四第一項参照)。
ところで、本件決定の認めた清算所得金額八六〇万円のうち右五〇五万円は、すでに大阪国税局長がした審査決定によつて取消され、その取消の限度で本件決定は失効している。すると、結局、前示認定と同趣旨の本件決定(失効部分を除く。)は違法ではないといわねばならない。
六、原告主張二及び四を考えてみる。本件法人税の課税物件(課税物体)は、昭和二八年八月改正法人税法により、従前の個人の有価証券の譲渡所得課税の廃止にともない、復活追加して規定された法人の清算所得であり、解散した法人が残余財産を分配した場合に表現された所得について、源泉的に当該解散法人に課税するものである。原告の右各主張は課税物件を正解せず失当である。
次に、原告主張六についてみる。被告は租税要件規定たる法(旧)第一二条の二第一項第一号の清算所得の金額の計算上、とくに規則(旧)第二一条第一項第八号に掲げる営業権等の無形資産の価額に関する事項を定める規則(旧)第二三条の八の適用さるべきことを主張しているものと解すべきである。又、規則(旧)第二三条の八は原告主張の目的の場合の規定であるとは解されない。原告主張六は失当である。
原告主張七は、規則(旧)第二三条の八の文理解釈上採用できない見解によるものであるから失当である。
七、よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(山内敏彦 平田 孝)
(裁判官小田健司は転任につき署名捺印することができない。)